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「お鷹ぽっぽ」に代表される「笹野一刀彫」の”匠”「戸田寒風」さんへ会いに行ってきたんだっす!「パート2」

「笹野一刀彫」の”匠” 「戸田寒風」からのお話しを、前回の1話だけでは紹介しきれなかったので、続きを紹介すっからなっす!

「笹野一刀彫」が有名になったのは、かの「上杉鷹山公」が、鷹の強さと、自分の名前との重なりから鷹を最高の商品として、禄高を増すと意味付け、後に目を付けさせ魔除けとしても飾ることを奨励したからと言われているんだっす。それでは、「寒風」さんのお話の続きを紹介すっからなっす。

 戸田寒風
小学生の頃に、親の手伝いとしてまず最初に作ったのが「梅の花」です。↓ これが原点ですね。

二番目に覚えるのが、真ん中にある(菜っ葉花)と呼んでいた「椿の花」です。そして、三番目に左端の「笹野花」を覚えたんです。

この「笹野花」も、最初は「野菊」と言って、もっと小さかったそうです。それが大きい「野菊」が人気がいいので、だんだん大きくなってきて今の「笹野花」になったんです。

「笹野花」の絵付け作業 ↓

戸田寒風
もともと「笹野一刀彫り」の元祖はこの「笹野花」なんですよ。そして、その前はこの「イナウ」と言って、アイヌの人の御祓いに使う「ぼんでん」なんです。

 おきたま新聞(編集長・ジミー)

えーっ!? 「笹野一刀彫」のルーツは「アイヌ」なんだあ!!

戸田寒風
そうなんです。この「ぼんでん」に1,200年の歴史があるんです。栃木県に「のうでんぼう」と言って「ちじれ」が三段になったものがあるんです。それを玄関に飾って正月を迎えたそうです。それもアイヌの技法なんですよ。それと、仙台に「彼岸花」と言う物があるんですが、それは、「伊達正宗」が米沢で見ていた「野菊」を作らせたんです。

おきたま新聞(編集長)
いやあー!! 知しゃねがった。勉強になるなあ! ところで、「寒風」さんのところにはいろんな「一刀彫」があんなだげんども、何種類くらい彫ってるんだっす?

戸田寒風
ざっと、50種類は作れますねえ。干支の彫り物を始めたのも私なんですよ。

おきたま新聞(編集長・ジミー)
うおおー!! そうだったんがっす。さすが! ”匠” と呼ばれるだけあるなえ。

「笹野一刀彫」の「丸孔雀」↓

今年の干支「羊」の「一刀彫」↓

おきたま新聞(ジミー)
あれれ!? 「寒風」さん! こんなものもあんながっし?

戸田寒風
アハハハハ!! よく見つけたねえ。それを最初に作った時は、うちの奥さんから「なんだ!こんな馬鹿なもの作って!!」と怒られたんですよ(笑) でも売れたんですよねえ!!(笑) でも、まじめな話し、米沢市万世にある「油掛け大黒」の「御神体」も私が作ったんですよ!「山の神」と言われる「御神体」はこれですからね。評判がよくて、結構いろんな神社に納めましたよ。

それと、この「蘇民将来」↓は全国にあるんですが、「笹野観音」の「火伏せ」のお守りでもあるんです。インドから中国に渡って、日本に「無病息災」のお守りとして入ってきたのを「上杉鷹山公」が、その当時は、現代の交通事故と同じように、火事とやけどが一番怖かったので、「火伏せ」のお守りにしたんです。

 おきたま新聞(ジミー)
これは、なんて書いてあるんだっし?

戸田寒風
これは、私も勉強したんですよ。「蘇民将来之子孫也」(そみんしょうらいのしそんなり)と書いてあります。中国に「蘇民」と言う長男と「将来」と言う末弟の兄弟がいて、疫病に罹った人が「蘇民」に助けを求めたが断られ、次男・三男・四男にも断られ、最後に末弟の「将来」が自分の食べるものも差し出してその人を助けたのだそうです。その兄弟の名前です。それと、インドで悪いことをしたひとの「男根」をちょん切ったので、このお守りには「頭」が無いんです。

おきたま新聞

いやあー! いろいろと教えて頂いて本当に勉強になったっす。「寒風」さんおしょうしなっす。「寒風」さんのお店「鷹山」には、「絵付け体験」とか山ぶどうつるの「籠細工」もあっから是非、皆さん行ってみでおごえなっす!!

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【元祖 笹野一刀彫 鷹山】

住 所 山形県米沢市笹野本町6798
電 話 0238-38-3200  FAX 0238-38-3844

詳細は以下のURLで確認して下さい。
http://www.kanpu.net/

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